有力な情報
今日に至るまで、話題が広がるには、幾つかの大規模な出来事があったからだと思います。世界的に今も研究され続けている未確認飛行物体(UFO)ですが、あなたはどの程度まで信じていますか?
ここで紹介する出来事は、世界的にも注目され続けている情報です。これを読んでUFOを完全否定する方も、「謎の存在で、それは確かめる必要性がある」という事だけでも理解してもらえると思います。

マンテル大尉
1948年1月7日の出来事です。当サイトの冒頭で述べた、世界最初の公式目撃証言(詳しくはトップページにて)から半年後ほどの事です。アメリカのケンタッキー州北部、ルイビル郊外にあるゴドマン空軍基地周辺にUFOが出現しました。正体を確認するために、P-51戦闘機に乗って、トーマス・F・マンテル大尉がその飛行体を追いました。
最初に大尉から連絡が入ったのがPM2時45分「時速約290km以上で上昇中!金属製の物体で、とてつもなく大きいです」との事でした。次にPM3時15分「時速約470km、6000Mまで上昇しています。捕捉できなければ追跡を断念します」を最後に大尉との連絡は途絶えました。
午後4時15分に基地から150kmほど離れた場所で大尉の乗っていた戦闘機の残骸が発見され、遺体の腕時計の針が3時18分で止まっているのが確認されたそうです。
公式による軍の発表では、
【機体は空中分解、金星を見誤って追跡した後、意識を失った。】
と公表されました。
墜落の原因の真相はなんだったんでしょう?飛行体から何らかの攻撃を受けたのでしょうか?それとも、それらによる未知の力によるものだったのでしょうか?ベテランパイロットだったマンテル大尉が、このようなミスを犯すような人間じゃなかったという事は、関係者一同わかっているはずです。
裏話によると、大尉が最後にもう一言口にした言葉があったらしいです。それは最後の通信時に「中に人間がいる!」だったそうです。
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フーファイター
この名称、聞いたことのある方も非常に多いと思います。有力な情報というよりは、有名な情報です。第2次世界大戦中に数多くのパイロット達によって目撃された別名「幽霊戦闘機」が「フーファイター」と呼ばれています。ヨーロッパ上空で多く見かけられていたため連合軍も枢軸国も互いに「相手国の秘密兵器なのではないか。」と噂されていました。
終戦後に互いの記録などを調べてもそれらしき飛行体の記録は残されていなかったそうです。不思議だと思われた原因は、フーファイターに遭遇した飛行体が誰一人攻撃などを受けた例が無かったことです。フーファイターについての目撃情報は非常に多いのですが、科学者たちからは、プラズマ現象などが元になったのではないか?と議論されています。フーファイターが本物のUFOだったとすれば世界最古の目撃情報となりますが有力な確認写真などが、未だに公表されていないことが残念です。
ケクスバーグにUFO墜落
1965年の12月9日。カナダ→アメリカミシガン州→オハイオ州→ペンシルバニア州と数多くの未確認飛行体の目撃証言が飛び交いました。ペンシルバニアのケクスバーグに住むローブとランディの兄弟は森に落ちていく火の玉のような物体を目撃しています。その他にも、カープ夫人は森から立ち上る煙も目撃したと言います。軍はこの森から物体を回収したそうです。
この森へのUFO墜落事件に関して、空軍はすぐさまに「何も起きてはいない。」という公式発表を出しました。数々の空飛ぶ飛行体の目撃証言に関しては「隕石」との発表。軍が到着する前に先に森に入った人物は、半分土に埋まった状態のドングリ型の見たこともない物体があったと話しています。
この事件はUFOの歴史にも大きな動きを後に見せます。
再調査の訴訟
2003年。米ジャーナリストのレスリー・キーンはこの事件に関する文書がNASA局内に存在するかどうか、調査を求める訴訟を起こしました。その後2005年に人工衛星だったという発表を行ったのですが、周囲を納得させることもできずに2007年10月28日までの再調査を約束しましたが、関連した真相の発展は無いままです。

